主として、マツイカ、ホキ、ミナミダラを対象に、1.水産生態学(イカ類)、2.水産生物学(魚類)、3.漁業測定(魚類の網目の選択性、イカ・魚類の漁獲努力量の標準化)において技術手法の指導と共同研究が実施された。
マツイカとその資源評価と管理上の課題
マツイカには、以下のような漁業生物学的な特徴とア国の資源管理上の問題点や課題があった。
1.マツイカ資源の特徴
・世界でも最も大きなイカ資源で、年間漁獲量20-60万トンの範囲で変動
・ア国の中でもメルルーサに次いで重要な漁業
・主たる漁獲国は、日本、台湾、韓国、中国、ア国
・主として選択的漁業であるイカ釣船により漁獲される
・独立性のある4つの季節産卵系群の存在が示唆されている
・ア国領海内と英領マルビナス諸島(Falkland)周域のマツイカは共有資源である
・ア国のマツイカ資源の管理は、英国との共同調査により実施されている
・単年生(年魚)で親子関係が弱く、毎年の資源量は加入量に依存
・マツイカの研究は、ア国、英国、日本、旧ソ連、ブラジルなどで行われている
・主として逃避量一定の再生産管理施策が実施されている
2.マツイカ資源の評価管理の問題点と課題
・複数の産卵系群があるため、資源管理を実施する上でそれらの系群識別が重要
・系群識別のため、日齢解析および生化学的な遺伝解析の技術が不可欠
・単年生の資源であるため毎年の迅速な資源評価と管理の実施が必須
・ほとんど不明な初期生態を含めた繁殖と再生産過程を明らかにする
・成長、回遊、死亡など資源生物学的な情報を蓄積させる
・オブザーバーによる資源生物情報の信頼度を向上させる
水産生態学分野の業務内容
同分野において、JICAのプロ技に要請された課題は以下の5項目であった。
1. 平衡石による日輪査定技術を用いて加入群の生まれ日を決定し、発生群の分離をおこない発生群毎の資源量推定に寄与する。
2. 日齢解析から得られるデータをもとに、発生群毎の成長様式を解析し、資源量推定に寄与する。
3. 生化学遺伝学的手法を用いて季節的な産卵系群を遺伝的に識別し、系群毎の資源評価と管理施策に寄与する。
4. 人工授精法を開発し、人工ふ化稚仔を用いることで、胚発生観察、平衡石の日齢検証、稚仔の成長と生残、などの繁殖と初期生態を解明し、長期的資源変動の予測に寄与する。
5. マツイカ以外の他のイカ類の資源生物学の知見を深め、将来的なイカ資源の開発に寄与する。
水産生態学分野の成果概要
1.平衡石日輪解析(採取と研磨、読輪と日齢査定、画像処理、日齢検証)
イカの平衡石は親イカの頭部にある平衡胞に収まっている長径がわずか1mmほどの非常に小さい石灰質のかたまりである。これを頭から採取し、丁寧に研磨し平衡石の日輪(写真)を読んで行く作業には、ある程度の技術とともに解像度の高い光学顕微鏡システムの導入が必要であった。また、ふ化稚仔から親までの生活期において、読みとる輪紋が一日一本形成されるかどうかの日齢検証(agevalidation)も必要であった。 調査航海時に捕獲されたマツイカから平衡石を船上で採取し、個体毎に平衡石を保存し、その平衡石を陸上研究室において研磨し、最新の光学的顕微鏡システムおよび画像解析装置(RATOC日輪解析システム)を用いて平衡石の日輪を読みとる、といった一連の作業がルーティン化され、日齢査定の技術が確立された。 これらの技術は他のイカ類、特にアカイカの日齢査定に適用された。また、この作業を補完するために、平衡石の輪紋が1日1本形成されるかどうかを確認する日齢検証(age validation)の研究が行われ、稚仔期に限定した生活史の一部の時期について日齢検証された。ふ化日が既知の人工ふ化稚仔を用いて、平衡石の長径の日成長の観察、平衡石への蛍光化学物質(ALC)による標識実験を行った(写真)。さらに平衡石に替わる日齢形質を持つ上顎beakに輪紋を発見し、この輪紋の日周性などの観察を行った。ふ化数日前には、すでに平衡石の形成に伴い輪紋が形成されることが明らかになった。また、ふ化後も1日に5本前後の輪紋が形成され、ふ化後5日目の稚仔の平衡石には20本以上の輪紋が観察された(写真)。その結果、この時期には明らかな偽日輪(sub-daily ring)が形成されていることがわかった。しかし、内部卵黄が吸収され外部の餌をとりはじめると考えられる5日目以降では、1日1本の日輪が形成されることが明らかになった。
2.成長解析(発生産卵群毎の成長推定、体長の逆算推定法)
平衡石の日輪解析技術を用いて、産卵群別の日齢と体長との関係から成長曲線を描くことができた。これより、生まれ群毎に異なる成長様式を持つことが明らかになった。また、ふ化稚仔の水温毎の初期成長を観察し、ふ化稚仔の卵黄が完全に吸収するまでの間は体成長を持続することが明らかになった。
3.人工授精法の開発と応用(胚発生記載と発生速度、死亡、日齢検証、繁殖生態)
マツイカでは世界ではじめて人工授精法が確立され、初期生態解明のためのふ化稚仔を使った仮説検証的な実験が行われた。
これにより、マツイカ独自の胚発生の記載とふ化ステージの決定、生息水温の幅を考慮した水温段階別の胚発生速度のモデル化、発育水温を考慮した胚の死亡過程とふ化生残モデル化、水温別のふ化稚仔の成長解析(成長解析の項目参照)および平衡石の日齢検証実験などを実施した。
4.アイソザイム手法(酵素選定、泳動とパターン分析、集団遺伝学の基礎)
アイソザイムによる一連の生化学的な遺伝解析手法が技術移転され、イカ類の系統的な遺伝的レベルの違いをいくつかの種について検証した。科レベルの遺伝的差違を見るために、アカイカ科6種(Illex argentinus,Martialia hyadesi,Todarodes filipova,Dosidicus gigas,Sthenoteuthis oualaniensis,Ommastrephes bartramii)について、種間レベルの違いを見るためにヤリイカ3種(Loligo gahi、L.sanpaulensisとL. plei)について、亜種間レベルの違いとしてトビイカ(Sthenoteuthis oualaniensis)を例に解析が行われた。マツイカの系群間の違いを見るために、北方系群の1つのブエノス北パタゴニア産卵群(BNSP)と国際的なマツイカ漁業にとって最も重要な2つの南方系群である南パタゴニア系群(SPS)および夏産卵系群(SSS)、さらに夏産卵系群のうちで成熟段階の異なる2標本群について、計4つのグループの10酵素15遺伝子座を調べた。その結果、北方系群であるBNSPとそれ以外の南方系群との間には、遺伝子座MPIに統計的に有意な差が検出された。
by Mitsuo SAKAI